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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [4]




 言われて見渡せば、なるほど、辺りは黒山の人だかり。無理もない。聡の叫び声は尋常ではなかったし、それでなくても、瑠駆真も聡も普段から人目を引く存在だ。
「説明してもらおうか?」
 静かだが有無を言わせぬ陽翔の態度に、瑠駆真が一歩前へ出る。
「昨日、昼休みの件で先生に何を言った?」
「昼休み?」
「裏庭で、一年の女子が大声をあげて座り込んでただろっ」
 言われて陽翔は あぁ と声をあげる。
「そうだったね」
 まるですっかり忘れていたと言わんばかりの態度。
 こっちは美鶴が心配で眠れなかったってのにっ!
 再び頭が沸騰しかかる聡を、ツバサがなんとか押し留める。
「それが何か?」
 つまらなさそうな陽翔の言葉に、瑠駆真は全身の理性を総動員させて口を開く。
「先生に、何を言った?」
「何を? とは?」
「どう答えたんだ? あの一年生と美鶴について、何をどう答えたんだ?」
「言っている意味が、よくわからないな」
「わからないなら質問を変える」
 聡だったらとっくの昔にキレていただろう。こちらの怒りを誘発してるのではないかと思えそうな陽翔の態度に、それでも瑠駆真は冷静を保つ。
「先生に、どんな質問を受けた?」
 陽翔は視線を天井へ飛ばし、片手の人差し指を顎に当てて考え、あるいは考えるフリをしてからゆっくりと答えた。
「二年の女子生徒が一年生を殴ったようだが、それは本当か?」
「そしてお前は、どう答えた?」
「知らないと答えた」
 その場に沈黙が漂う。
 己の発言に何の反応も示さない瑠駆真。そして聡とツバサに、陽翔は不満げ。
「何が聞きたいんだ?」
 左手を右の肩峰(けんぽう)に乗せ、首を右に傾げて顎をあげる。少しだけ背の高い相手を見下ろすかのよう。その仕草に、数人の女子生徒がため息をついた。
「ふふっ」
「かっこいぃ〜」
「あら、山脇くんの方が素敵よ」
「あんなに男っぽい山脇くん、初めてみた」
 ウザいな
 そんな野次馬に多少覇気を殺がれつつ、それでも瑠駆真は剣呑な表情を緩めない。
「小童谷、今の言葉は本当か?」
「嘘だと疑うんなら、最初から聞くな」
 陽翔はうんざりと首を捻り
「知らないものは知らないとしか答えようがないだろう。何なんだ? 何が言いたい?」
「君と、そして僕の二人が、現場を目撃したという噂が流れている」
 瑠駆真の言葉に、周囲で軽いざわめきが起こる。
「え? 違うの?」
「ただのデマ?」
「でも、現場に居たってのは本当なんでしょ?」
 口々に囁く周囲を無視して、瑠駆真は真直ぐに陽翔と対峙する。
「君と僕が、金本緩を殴った美鶴の行動を目撃したと、そんな噂が流れている。僕たち二人の証言で、美鶴の犯行が決定付けられたらしい」
 そんな証言はしていないのに。僕が、美鶴を陥れるような証言などするものかっ
 歯を噛み締め、床を凝視する瑠駆真の姿に、陽翔は薄っすらと笑いを浮かべる。
「俺だって、そんな証言はしていないさ」
 だが陽翔は、笑ったまま言葉を続けた。
「でもね、一年の女子が二年の、あぁ 大迫美鶴さんだっけ? 彼女に突き飛ばされたところは、見たよ」
 ――――――っ!
「嘘だっ!」
 気付いた時には、そう叫んでいた。
 瑠駆真は両手を握りしめ、その円らな瞳をこれ以上ないほど見開き、相手を見つめる。
「そんなのは嘘だ。僕は見なかった」
「君は俺の後から、少し遅れてその場を見ただろ? 君が見た時には、一年生はもう地面にヘタり込んでいたはずだ。大声をあげてね」
 確認するように首を傾げ
「でも、俺は見たよ。大迫美鶴が一年生を、校舎の壁に向かって突き飛ばすのをね。それを殴ったと表現するかどうかは人それぞれだな」
「そんな事、あるワケがないっ」
「さっきも言ったけど、疑うんなら最初から聞かないでくれよな」
「何が、目的だ?」
 もはや瑠駆真に、平静は保てない。







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